Kさんのダイアローグ

1 さあ、始まります。

連載「Kさんのダイアローグ」その1

J「今月からキョウリについて学びます。」
K「先生それって、キュウリの親戚ですか?」
J「何をいってるんですか。キョウリとキュウリは違います。「教会だより」の誌面を割いてまでキュウリの作り方を学ぶ必要はないでしょ。」
K「それもそうですね。それじゃキョウリって何ですか。」
J「キョウリを漢字で書くと「教理」です。以上おしまい。」
K「先生、それじゃ何だか分かりません。」
J「やっぱり。確かに不親切でした。もう少し丁寧にお話ししましょう。教理の「教」は教えるという字です。」
K「教会の「教」とも読めますね。」
J「その通り、するどいですね。教理の「教」は「教会の教え」ということなんです。」
K「なるほど。それじゃ「理」はなんですか。」
J「これは「道」を意味します。」
K「わたしの家から教会までは片道3キロくらいです。他の皆さんよりも近いほうだと思いますが、眠たい朝はちょっと遠く感じます。」
J「誰がKさんの家から教会までの道のりをお話しているんですか。教理は教会で教えている信仰の道筋ということです。」
K「おっ、いよいよそれっぽくなってきました。」
J「それっぽくではなくて、最初からまじめなんです。Kさんは神さまを信じていますよね?」
K「えぇもちろん。先生が洗礼を授けてくださったんじゃありませんか。もう忘れちゃったんですか。頼りない牧師ですね。」
J「ははっ。もちろん覚えていますよ。あなたがまさか洗礼を受けられるとは思ってもみませんでしたから。」
K「ほめ言葉と受け取らせていただきます。」
J「信じている神さまのことをKさんはどうして知っているんですか?」
K「聖書に書いてあるからでしょ?違うんですか?えっ、今月はこれで終わりなの?そんなぁ...。」



ページトップへ

2 聖典、正典、青天?

連載「Kさんのダイアローグ」その2

K「先生、先月の答えを教えて下さい。」
J「えっ、何でしたっけ?」
K「えっじゃないですよ。信じている神さまをどうして知っているかっていうことです。わたしは聖書に書いてあるからだと答えましたが。」
J「あぁそうでした。信じている神さまのことを 聖書に聞いているのは大事なことですし、間違っていないことです。ただ...。」
K「ただ、何ですか。」
J「....聖書って何ですか?」
K「バカにしないで下さい。聖書は神の言葉だって先生が教えて下さったんじゃないですか。」
J「その通りなんですけどね。聖書も始めから聖書だったわけではないんですよ。旧約と新約で 66の書物が収められているのが教会の聖書だっていうのは、一つの理解があることなんです。」
K「一つの理解?」
J「たとえば、聖書の他にも教会でよく読まれる 本がありますよね。」
K「わたしはもっぱら週刊誌と漫画くらいですが。そうそう『ハイデルベルク信仰問答』なんてのは聞いたことがあります。」
J「でもそれは聖書ではないですよね」
K「えぇもちろん。それは聖書をお手本にしたものですから。」
J「いいことをおっしゃって下さいました。聖書は、すべての信仰の書物のお手本になります。」
K「わたしたちの信仰のお手本ですよね。」
J「そうその通り。案外大事なことは分かっているようですね。ちょっと安心。その上でもう一つ知っておいておきたいのは、聖書は聖典ではなく正典だということです。」
K「聖典と正典?晴天のようにイマイチすっきりしませんね。」
J「聖典はありがたい書物。正典は晴れ渡る空のようにあなたの信仰の物差しになる書物。」
K「おっ!わかったような...というところで今月も終わってしまうんですね。ありゃりゃ...。」

ページトップへ

3 センチ、インチ

連載「Kさんのダイアローグ」その3

 J「先月は、聖書は正典だとお話ししました。」
K「信仰の物差し/お手本ということですよね。」
J「ところで物差しにいろいろあったらどうします?」
K「家には30cmのと、3mの巻き尺、そして筆箱の中には10cmの短いのがありますが。
J「いろいろお持ちですね。ただ今お話しているのは、そういうことではないんです。アメリカなどではインチという単位を使いますね。」
K「あぁそういうことですか。わたしの腰回りをインチにしたらズボンはぶかぶかです。」
J「実はインチの方が楽なんじゃないですか?」
K「...先生、何がおっしゃりたいんですか。」
J「えぇぇ、本題ですが、基準が違うと同じ数字でもあらわすものがずいぶん違うでしょ。」
K「もちろんそうです。」
J「信仰の物差しも人それぞれ違ったらどうでしょう?」
K「それはもう同じ信仰ではないです。きっと神さまも別々になってしまうんじゃないですか。」
J「その通り。きっとみんな自分の好きな神さまを作ってしまうでしょう。」
K「わたしたちが神さまに創られたという信仰とはずいぶん違いますね。」
J「良い点を指摘してくださいました。物差しがいろいろだと、結局自分が何か神さまを作り出す神さまになってしまうんです。」
K「先生、わたしは聖書が物差しとか基準だとかいうと、何か型に押し込められて不自由な気がしていやだったんですけど、でもやっぱりみんなが神さまになる方が不自由だと思います。」
J「ほほぅ。それはなぜですか。」
K「みんなが神さまなら、世の中と同じように競 争しなくてはならないじゃないですか。きっと勝ち組の神さまに引け目を感じてしまう。」
J「なるほど。でも最初から負け組でなくてもいいのに...でも大事なことを教わりました。」
K「いえいえ、...でまた来月に続くなんですね。」

4 書いたのは誰? 

連載「Kさんのダイアローグ」その4

K「先生、実は前々から気になっていたことがあるんです。」
J「わたしが鶏肉を食べられない理由ですか?」
K「それも気になりますけど。あの、こんなこと聞いたら恥ずかしいことかも知れませんが、聖書って誰が書いたんですか?」
J「Kさんは誰だと思っていたんですか。」
K「先生がいつも聖書は神の言葉、神の言葉、神の言葉....って繰り返すからやっぱり神さまかなぁって思うんですが。」
J「そんなに「神の言葉」って言うしつこい牧師の顔が見てみたい。神さまが筆をとって聖書を書いたというのも悪くないですね。」
K「エデンの園を散歩されるくらいですもの。」
J「Kさんはモーセ五書っていうのを聞いたことありますか?」
K「京都御所なら修学旅行で見学しました。」
J「今は、聖書の話をしているんでしょ。モーセと言えば、あのモーセの他にいません。モーセは京都に来ません。」
K「そうでした。モーセ五書って何ですか。」
J「旧約聖書の創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記までの五つをモーセが書いたっていう言い伝えが昔からあるんです。」
K「なるほど、それで五書ですか。あれっ、でも確かモーセは申命記の終わりで亡くなってしまいますよね。」
J「意外とちゃんと聖書を読んでいますね。」
K「キリスト者は聖書に親しみ祈るのが生活の基本ですから。えっへん!」
J「感服いたしました。それでKさんの質問に戻るのですが、昔からはじめから聖書にモーセが書いたと伝えられるものがありました。それから新約聖書を思い出しても分かりますよ。」
K「マタイによる...マルコによる...ほんとうだ!」
J「キーワードは「聖霊によりて」です。むふふ」
K「むふふ、ってすっきりしませんね。またこのまま来月に続くパターンですか。」

5 それは誰のもの

連載「Kさんのダイアローグ」その5

K「聖書は誰が書いたの?とおたずねしましたら、先生は「聖霊によりて」といいました。」
J「そうですね。よく覚えていて下さいました。」
K「それは先月のことですから。それでマタイによるとかいうのはマタイの手によって書かれたんだとわかります。でも「聖霊によりて」というのはどういうことでしょう。マタイと聖霊の共著ということですか?」
J「共著というのはいいですね。あながち間違いではありません。でもちょっと視点を変えてみましょう。」
K「また、話をそらすんですか?」
J「またって何ですか。わたしはいつも溢れる愛をもって心からまじめにお話してるでしょう。どうもわたしは信用されてないようですね。」
K「その丁寧さがかえって不真面目にきこえるのですが...まぁいいや。それで何でしょう。」
J「Kさんの信仰は誰のものですか?」
K「それは、先生もいま「Kさんの」というのですから、わたしの信仰でしょう。」
J「そうですね。自覚的に信仰を持っておられるのは良いことです。でも、Kさんの信仰は最初からKさんの中にあったんですか。」
K「いえいえ。これは、神さまが与えてくださったものですっていつも先生は言いますよね。」
J「そうそう、何だちゃんとわたしの話を聞いてくれてるんじゃないですか。」
K「曲がりなりにも、教会の牧師ですから立てたいとおもっているんですよ、むふふ。」
J「どうもわたしは曲がっているらしい...、というのはこの際気にしません。Kさんの信仰でありながら、神さまがお与え下さった信仰。それが「聖霊によりて」ということです。」
K「あぁ、何となくわかった気がします。」
J「何となくでは頼りないですが。聖書も神を信じる人たちによって書かれました。その人たちは神さまから信仰を与えられた人たちです。」
K「今月はめずらしくちょっとすっきりしました。来月もこの調子でよろしくお願いします。」

6 お勉強は必要?

連載「Kさんのダイアローグ」その6

K「先生は学校の成績は良かったんですか?」
J「ギクッ.....何を突然。」
K「いえいえ、聖書のことをよく知っているようなので、やっぱりお勉強をいっぱいしたのかなと思っただけです。」
J「そうですねぇ、聖書のお勉強なら少しはしました。」
K「少しはってあたりがちょっと頼りない。一応先生の控えめさと受け取っておきます。」
J「それで、何でお勉強のことを?」
K「そうでした。いえ神さまのことを信じるのにはたくさんのお勉強をしないと本当にはわからないのかなって、ふと思ったものですから。」
J「そう思います?」
K「だって、先生の書斎にはたくさん本が並んでいるようですし。あんなにいっぱい読むくらい勉強しているのかなって。」
J「いえいえ、書斎の本といっても辞典なども多いし全部読んでいるわけではありません。」
K「なんだ、飾りですか。」
J「いえ、必要なんです。」
K「格好をつけるために?」
J「そうそう....って違います。」
K「勉強しているつもりになれるから?」
J「ウッ、鋭い。ってもう勘弁してください。」
K「それじゃ、どんなお勉強を?」
J「別に特別なことをしているわけじゃありません。みなさんがしているのと同じように、聖書を読むことです。」
K「えっ、それだけでいいんですか?」
J「まずは聖書の言葉を一所懸命聞き取ることから始まります。聖書が神さまについても、信仰についても全き知識を教えてくれるからです。」
K「聖書全部を繰り返し読もう!ということですね。」
J「そうそう、聖書の言葉に信頼を置いて、です。」
K「で、先生の学校の成績は良かったんですか?」
J「お願い、それは聞かないで....。」

7 基本が大事!

連載「Kさんのダイアローグ」その7

J「あいたたた....。」
K「先生、腕をどうかなさったんですか。」
J「転んだときに、変に手をついてしまったみたいなんです。」
K「日頃の行いが悪いからこんなことに?」
J「そうそう、バチが当たったんです。」
K「やっぱり、いつかはそんな風になるんじゃないかと思っていました。」
J「真に受けないでください。それに、思っていたってどういう意味ですか。」
K「いえいえ、傷に障りますのでお気になさらずに。でも先生、聖書にも賞罰信仰って教えられていますよね?「報い」とかいう言葉が結構出て来ますし。」
J「Kさんは面白いところに注目していますね。」
K「だって、ときどきわたしの思ったり言ったりしてることを、神さまは喜んでいないんじゃないかと思うことがあるんです。」
J「ほほぅ。意外とデリケートなんですね。」
K「意外とって...。そんなとき、神さまの報いというのが、頭の上斜め45度あたりで気になるんです。」
J「斜め45度というのは、なんだかわかりませんが、どうしたら神さまの喜ばれることが分かると思いますか?」
K「う〜ん。お祈りすることでしょうか。礼拝を心からおささげすることでしょうか。」
J「どちらも大事です。その祈りの言葉を導くのも、礼拝に聞くのも聖書の言葉です。」
K「あぁそうでした。始まりは聖書でした。」
J「信仰のことも生活のことも聖書から始まるのがわたしたちの基本!」
K「先生は当たり前のことしかいってないのに、今日は納得させられました。」
J「そうでしょ。だから、わたしの言うこともよく聞くといいですよ。」
K「え〜、それはちょっと微妙ですね。」
J「なにぃ!あいたたたた、心が痛む....。」

8 けいじ

連載「Kさんのダイアローグ」その8

J「今日は少しお勉強しましょう。」
K「いいですねぇ、そろそろつまらないおしゃべりにも飽きてきた頃です。」
J「これまでもちゃんと大事なことをお伝えしていたんですよ!」
K「そうだったんですか?それで今日のお勉強というのは何でしょう。」
J「Kさん「けいじ」って言葉を聞いたことあります?」
K「えぇ、もちろん『太陽にほえろ』以来刑事物は好きですよ。」
J「太陽にほえろって、歳がばれますなぁ...ってその「けいじ」ではありません。」
K「あぁ!わかった。よく知ってますよ。小学校の時、クラスで係をしていました。」
J「けいじの係?それってもしかして」
K「そうですよ、みんなの書いた書道の作品とか絵とかを教室の後ろに張る係です。放課後の人のいない教室でよく作業させられました。画鋲が手に刺さって痛かったなぁ...。」
J「思い出に浸りながら指を見つめるのは止めましょう。それに刑事でも掲示でもありません。そんなの教会とあまり関係ないでしょ。」
K「そうか、教会と関係のあることですか。う〜んそれならお祝い事のことですか。教会でも今度結婚式が行われますものね。おめでとう!」
J「確かにそれも慶事といいますね。」
K「いやぁ今日はたくさんの「けいじ」があることを学ばせていただきました。それじゃ。」
J「それじゃって、まだ答えをきいていないでしょ。」
K「えっ?他にも「けいじ」ってあるんですか。」
J「教会で聞く「けいじ」は「啓示」です。」
K「わたしの友だちに啓二郎君って言う人がいました。」
J「だから「啓示」ですって!」
K「彼、けっこうかっこいいんですよ。」
J「あぁ、無駄に誌面が終わっていくぅぅ.....」

9 みかん

連載「Kさんのダイアローグ」その9

K「みかんがおいしい季節になってきました。」
J「それは日本一、いえ世界一みかんのおいしい土地ですから。」
K「そんなに誉めなくても...照れますねぇ。」
J「別にあなたを誉めたわけじゃありません。Kさんは食べるだけじゃないですか。」
K「風邪予防のためにも毎日食べてます。おかげでお通じも良いようです。」
J「誰もそんな話は聞いてません。それで、何でみかんの話ですか?」
K「そうなんです。先日の「啓示」についてのことなんですけれども。」
J「ちゃんと聞いてくれていたんですか。でもみかんと啓示に何の関係があるんですか。」
K「あれっ?有名な話なんですよ。」
J「えぇ.....そうでしたっけ。」
K「万有引力の法則を発見した人といえば思い出していただけるでしょう。」
J「ニュートンですね。」
K「その人が万有引力を発見したとき、みかんが落ちたんですよ。」
J「それは違うでしょ。ニュートンが発見したとき落ちたんじゃないんです。落ちたのを見て万有引力を発見したんです。ちなみに落ちたのはリンゴです。」
K「あらら、ちょっと違っていましたね。でもね、ニュートンはみかん、じゃなかったリンゴが落ちたのを見たとき「これは神の啓示だ」って言ったんですって。」
J「ほほぅ。それはどういう意味だと思います?」
K「だから、神さまがニュートンに万有引力の法則をはっきりとわかるようにしてくれたってことだと思います。」
J「そうですね。啓示とは、神さまの御心がわたしたちに明らかにされることです。ちなみにKさんはみかんが落ちるのを見ても...」
K「おいしそうだなぁ、としか思いません。」
J「やっぱり。」

10 常識とちゃうでぇ

連載「Kさんのダイアローグ」その10

J「前回、「啓示」とは神さまの御心がわたしたちに明らかにされることとお話しました。」
K「そうでしたね。」
J「Kさんには申し訳ないのですが、もう一つ大切なことをお伝えするのを忘れていました。」
K「先生の教えてくださることって、いつもなんか足りないんですよね。ほんと頼りない。」
J「そんなことないでしょ。時々はあるけれど。いや結構多いかなぁ・・・。」
K「その隙の多さが、わたしには学びになりますから気にしないでください。」
J「それって、フォローになってない。」
K「いいから、先を続けてください。」
J「そうでした。神さまの御心よりも先に、神さまご自身が啓示されていることをお伝えしていなかったんです。」
K「神さまご自身が啓示?ちょっとわかりにくいですね。」
J「神さまが神さまだと分かるということです。神さまがおられることを信じることができるといったら良いでしょうか。」
K「それって、わざわざ言わないといけないんですか。先生は当たり前のことをくどく言う。だから嫌われるんですよ。」
J「大事なことを丁寧にお話しようとしている優しさだと受け取ってください。ところで、ちよっとおたずねしますが、Kさんの神さまはどの神さまですか。」
K「それは聖書の神さまで、大事な独り子をイエス様を与えてくださった神さまです。」
J「おぉぉ!パーフェクト!」
K「そんな大きな声で喜んでくださらなくても。わたしにもそれくらいの常識があります。」
J「ブブ〜ッ!残念、10点減点。」
K「誉めたり下げたり、意地悪ですね。どうして減点なんですか。」
J「Kさんの答えは決して常識じゃありません。神さまが教えてくださる啓示なのですから。」

11 命がけっ

連載「Kさんのダイアローグ」その11

K「先生、子どもの頃に「神さま見たことあんの?」って突っ込まれたことがあります。」
J「えっ神さま見たことないんですか?見えないのに信じているんですか。」
K「先生がそんなこと言わないでください。」
J「冗談が過ぎました。わたしたちは見えない神さまを信じています。でも聖書には神さまを見た人が何人もいます。」
K「知ってます、知ってます。モーセがそうですよね。神さまとお会いして生きている心地がしなかったとか。」
J「そうです。神さまを見た人は死ななければならないと言われていましたから。」
K「神さまとお会いするのも命がけですね。先生と会うのは用事のついでですけど。」
J「ついで、ですか....。でも命がけ!っていうのはいいですね。信仰の熱さを感じます。」
K「自分で言っといて何ですが、命がけで礼拝にっていう感じはしません。礼拝ってそんなに厳しいものなんでしょうか。」
J「教会の歴史を振り返ると、命がけで礼拝を守ってきた人たちや信仰を理由に命を失った人たちがいますね。」
K「そういう人たちのことを思うと、わたしはぬるいなぁ。」
J「でもKさんが命がけかどうかよりももっと大事なことがあります。」
K「?」
J「Kさんが礼拝で神さまにお会いすることができるように、イエス様が命を張ってくださったんです。」
K「イエス様は十字架につけられた!」
J「そう、そう。」
K「わたしが寝坊して遅れたあの日の礼拝も?」
J「えぇ、もちろん。」
K「先生が寝癖をつけたまま講壇にあがっていたあの日の礼拝のためにも?」
J「はははっ......えぇ、もちろん。」

12 御三家

連載「Kさんのダイアローグ」その12

K「お昼ごはんは何を食べたんですか。」
J「牛丼です。生卵もかけて。お腹一杯です。」
K「しっかり食べてますね。どんぶりご飯にお肉と生卵の三位一体。スタミナ満点。」
J「Kさん、教会に来てるあなたがそこで三位一体はないでしょう。」
K「でも今時普通に使いますよ。三位一体の構造改革とかちょっと前によく聞きましたよね。」
J「確かによく使われますね。三つで一つというのはキャンディーズ以来の日本の伝統です。」
K「いえ違いますよ、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の御三家が先です。」
J「わたしは郷・西城・野口の新御三家世代です。その後も新新御三家、新新新御三家、そして平成御三家と続いたそうです。」
K「へんなことに詳しいですね。何の話をしてたんでしたっけ、.....そうそう三位一体。先生がキャンディーズとか言うから話が分からなくなってしまってました。」
J「それでは、改めましてKさんは三位一体って知ってますよね。」
K「えぇもちろん!父なる神さま、子なるイエス様、そして聖霊です。」
J「ご名答。でも、ちょっと足りません。それでは神さまが三人いるみたいです。」
K「そうですねぇ、三つが一つ、一つが三つ、でもやっぱり三つが一つ......何が何だか分からなくなってきました。」
J「そのもやもやしているのが正解なんです。」
K「えっ?」
J「わたしたち人間には神さまのことを言い表し難いということですよ。」
K「ほほぅ本当に、うまいこと言いますねぇ。でも、それってちょっとごまかしてません?」
J「ギクッ。....誌面が限られていますから続きはまた次回。ちなみに御三家といえば水戸・尾張 そして我が紀州でした。」
K「先生、もうそっちの話はいいですって。」

13 そういうこと

連載「Kさんのダイアローグ」その13

K「今日は三位一体を教えてくださるんですよね」
J「おっ、本題にぐさっと入ってきますなぁ。」
K「三つが一つで、一つが三つというもやもやした感じに神さまがあるとか。でも、もうちょっとすっきりできたらと思います。」
J「そんなにややこしいことではないんですよ。Kさんは父なる神さまを信じていますか。」
K「えぇもちろん。父なる神さまが世界万物を造ってくださいました。わたしたちも神さまに似たものとして造られました。そうですよね。」
J「はい、その通り。きちんと言えました。それでは、イエス様を信じていますか。」
K「えぇもちろん。神さまの独り子イエス様は、天からわたしたちの所に来てくださった子なる神です。十字架によって人の罪を贖い、復活により永遠の命を約束してくださいました。」
J「立派に答えてくださいますねぇ。わたしの導きが良かったんでしょうか。」
K「いえいえ神さまでしょう。ペトロにも「あなたにこのことを現したのは天の父なのだ」とイエス様もおっしゃっていますし。」
J「おぉ!Kさんから教えられてしまいました。そうしたらもう一つ。聖霊を信じていますか。」
K「えぇもちろん。わたしがこうして信じているって言えるのも、聖霊が働いてくださっていると信じています。信仰を与えて、信仰者として生かしてくださる方です。」
J「う〜ん困った。もう教えることがない....。」
K「どうしてですか。わたしは父と子と聖霊を信じると言っただけですよ。」
J「KさんはKさんだけど、見方を変えれば母であり、子どもであり、姉妹でしょ。」
K「えぇ、子どもに対しては母。わたしの親からすれば子ども、妹からすれば姉ですね。」
J「Kさんとして生きても、それらを止めることはできませんよね。」
K「そういうことなんですか?」
J「そういうことなんです。」

14 嬉しかったのは何?

連載「Kさんのダイアローグ」その14

K「先生、最近一人の友だちとちょっと険悪な仲になってしまったんですよ。」
J「あらら、どうなさったんですか。」
K「その友だちがキリスト教を信じて得することがあるの?って聞くことから始まりました。」
J「Kさんは何てお答えになったんですか。」
K「いつも嬉しいことかなって答えました。」
J「ふむぅ。それでお友だちの反応は?」
K「そんなの詭弁か気休め、そうでなければ現実逃避だとまで言われてしまいました。」
J「なるほど今時の人の反応らしい。けどKさんはきつかったわけですね。」
K「そうなんです。それで、その後の言葉が続かなくなったまま別れちゃったんです。」
J「それは残念。でもKさんの「いつも嬉しい」と言うのはどんなことなんでしょう。」
K「イエス様がいつも一緒におられることです。」
J「イエス様が一緒。それはわたしたちの信仰でとても大事なことです。」
K「そうですよね!イエス様が一緒にいるから、今日もわたしは頑張って生きている!」
J「おぉ、力を込めておっしゃいますなぁ。そこでもう一つわたしからもお尋ねしていいですか。」
K「えぇ、何でしょう。」
J「イエス様が一緒にいてくださるって、何で嬉しいんでしょう?」
K「だって、そう、こんな風に友だちと仲が悪くなりそうなときにも、わたしにはイエス様がいてくださるって心強いじゃないですか。」
J「ひとりぼっちにはならない?」
K「そうです、そうです。イエス様を信じるところに四面楚歌ということはないんです。」
J「いつも一緒にいてくれる人だったら、わたしでもいいんですか。」
K「いやぁ、先生はちょっとご遠慮したい。」
J「やっぱり、がっくり。するとどうしてイエス様なんでしょうねぇ。」
K「どうしてでしょう?えっ、続きは来月?」

15 一年中がクリスマス

連載「Kさんのダイアローグ」その15

J「前に「イエス様が一緒にいてくださるのが嬉しい」とKさんはいいました。」
K「はい!」
J「それこそインマヌエルですね。」
K「あぁ、わたしの信じて受け止めていたのがインマヌエルなんですか。」
J「そう、いつもクリスマスに聞く「神はわたしたちと共におられる」です。」
K「インマヌエルってクリスマスだけのメッセージというのではないんですね。」
J「そうです。クリスマスのメッセージは信仰生活365日への福音です。Kさんの毎日に、クリスマスのみ言葉が語られてるんです。」
K「毎日がクリスマスかぁ......。」
J「ちょっと、Kさん意識が遠くなってますよ。」
K「ハッ!頭の中で、クリスマスキャロルが流れ始めていました。」
J「はいはい、戻ってきてくださいよぉ。そこでKさんと一緒にいてくださるイエス様って何?」
K「何を今さら、イエス様はイエス様でしょ。わたしたちの救い主イエス様。」
J「そこです。一緒にいてくださるイエス様がどなたかということを忘れて、イエス様が一緒で嬉しいというのは迷信か偶像か思いこみかということになってしまいます。」
K「先生が回りくどく、ぐずぐず言ってたのはそういうことだったんですか。」
J「ぐずぐずは余計だと思いますが、そうなんです。」
K「前にも「イエス様は、天からわたしたちの所に来てくださった子なる神で、十字架によって人の罪を贖い、復活により永遠の命を約束してくださいました」と言ったじゃないですか。」
J「えぇ覚えていました。」
K「それなのに、もう一度確認?」
J「そう、もう一度確認。」
K「その、しつこさは先生の性格のせい?」
J「いえ大事なことはしつこく粘り強くです。」

16 悪くありませんねぇ

連載「Kさんのダイアローグ」その16

J「唐突ですが、Kさんあなたは誰ですか?」
K「はぁ?全く突然何をきいてるんですか。」
J「ですから、Kさんは自分を何者だと理解しておられるんでしょう。」
K「何者って別に不審者じゃありません。特別な才能があるとか容姿がいいとかも言えませんけど。わたしはわたしです。でも改めて尋ねられると何から答えて良いか考えてしまいますね。」
J「そう、わたしも自分のことを説明するのは苦手です。でもね、わたしたちはまず言えることがあります。」
K「なんですか?」
J「イエス様に救われた者です。」
K「そんなの当たり前すぎて忘れてました。」
J「ちょっとちょっと、当たり前だなんて言ってはいけません。Kさんを救ってくださるために、イエス様がご自分を贖いの犠牲となられたことを忘れないでください。」
K「すみません。わたしが愚かでした。神さまの愛を忘れてしまう罪人でした。」
J「そんなにシュンとならなくてもいいですよ。でもKさんは大事なことをおっしゃいました。」
K「えっ?」
J「イエス様が誰の救い主となられたかということですよ。」
K「それは、わたしということですか。」
J「そうなんですが、罪人の救い主となられたことです。」
K「ただわたしではなく、罪人のわたし。」
J「そうです。「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」とパウロも言いました。」
K「神さまの愛が示されたとなると、罪人も悪くはありませんねぇ。」
J「こらこら、調子に乗るんじゃない。」
K「何を言ってるんですか、先生のことですよ。」
J「えっ、わたしが罪人?いえ、全くその通り!」


17 心配事

 連載「Kさんのダイアローグ」その17

K「先生はときどき「わたしたちは神さまに選ばれています」というようなことをおっしゃいますよね。」
J「えぇ「神の選び」ですね。」
K「何度も聞いているはずなのですが、いつも引っかかってしまうところがあるんです。」
J「どんなところですか。」
K「先生が「あなたは選ばれている」とおっしゃると心強く思うときもあるのですが.....」
J「不安になるときもあるような言い方ですね。」
K「いえいえ、そうじゃなくて、わたしが選ばれているとなるのはもちろん嬉しいんですが、教会に来ていないわたしの家族のことを思うとちょっと心配です。」
J「Kさんの家族は選ばれていないように思う?」
K「そういうことです。一緒にお墓に入りたいとかそう言うことじゃなくて、家族が取り残されているようで気になるんです。」
J「なるほど、そうおっしゃるのもわかります。Kさんが意外にも家族思いなのもわかりました。」
K「意外にもってのはほめ言葉ですよね。」
J「....。まず知っておいていただきたいのは「選び」とは、神さまとKさんとの関係です。」
K「神さまがわたしのためにイエス様を与えてくださったってことですか?」
J「そう、その通り!ところが、Kさんの心配はどこにあるのでしょう。」
K「ですから、わたしは選ばれているけど、家族はどうだろう、っていうところです。」
J「Kさんはご家族と自分を比べるんですね。」
K「そんなつもりは....、でもそうかも。」
J「選びという言葉が誤解を生み出しやすいのですが、他者との比較から出発しているのではありません。」
K「すると、わたしはどういう人たちの中から選ばれていると言えるのでしょう。」
J「大事なのは、誰のところへ選ばれているかです。次回、もう少しお話しましょうか。」

18 なんでやねん

 連載「Kさんのダイアローグ」その18

J「では、この前の続きのお話を始めましょう。」
K「えっ?この前ってなんでしたっけ。」
J「ほら、たこ焼きのおいしい焼き方。」
K「違いますよ!「選び」ですよね。」
J「何だ、ちゃんと覚えているじゃないですか。とぼけてるから、わたしもボケてみました。」
K「へたくそなボケですね。そんなんだったらこの辺ではやっていけません。」
J「ボケとつっこみの文化ですからねぇ。そういう皆さんのお仲間に入れてもらえるよう、精進したいと思っています。」
K「上手にボケられるように?」
J「上手につっこみを入れられるように。」
K「って、先生のボケ・つっこみへの意気込みはいいですから、本題に入ってください。」
J「何をおっしゃってる。もう、お話を始めていますよ。」
K「どこが神の選びの話なんですか。わたしはボケ・つっこみの話しか聞いていません。」
J「さっき「皆さんのお仲間に入れてもらえるように」って言ったでしょ。」
K「ボケ仲間になりたいということですよね。」
J「ボケ仲間って言うとちょっと違うんですが、お仲間に入れてもらうというところです。」
K「そのどこが選びの話になるんですか。」
J「ですから「選び」とはお仲間に入れていただくということです。」
K「そういうことなんですか?」
J「そうです。神さまに選ばれて、神さまを信じる、イエス様に救われた信仰の仲間のなかに入れていただいているということです。その恵みを喜び言い表したのが「選び」です。」
K「あぁ、そういうことだったんですね。」
J「お仲間というところをよりはっきりさせれば、イエス様の体なる教会へと選ばれているということです。」
K「おぉ、ボケずに牧師らしく話してる!」
J「そんなつっこみはいりません。」

19 かほり

 連載「Kさんのダイアローグ」その19

K「先生、わたしたちの住んでいるところが信仰の故郷だってご存知ですか?」
J「えっ?国籍は天にありですから、信仰の故郷は神の国、天国のはずです。」
K「そうおっしゃると思ってました。でもここは信仰の故郷だって立て看板があるんですよ。」
J「それは熊野信仰のことですね。」
K「えぇ、それと高野山。お寺さんや神社があっても、それを包むような大きな信仰がある、というのが地元の空気みたいなんです。」
J「Kさんにとってもですか?」
K「いえいえ、わたしはイエス様を信じていますから違いますけど。」
J「おっ、違うといいましたね。」
K「先生、かわいい信徒を疑うんですか?」
J「かわいいって自分でよくいうなぁ....まぁいいや。違うというからにはどこが違うか言えますよね。」
K「ちょっ、ちょっと待ってください。イエス様を信じているだけではいけないんですか。」
J「ご名答!実はそこなんですよ。」
K「どこなんですか?」
J「イエス様を信じているとはっきり言えるということです。」
K「何を今更、当たり前じゃないですか。」
J「おぉ当たり前っていいましたね!」
K「だからイエス様を信じているわたしにとってはということですよ。イエス様を知らない人には当たり前ではないと思います。」
J「そうでしょ、イエス様を信じる信仰は空気のようなものではありません。無味無臭無色透明ではなくもっとはっきりしたものです。」
K「そうでした。わたしたちは色づくキリストの香りに生かされている者でした。」
J「うまいこといいますね。でもその通り。」
K「お話をしてたら何か臭ってきました。」
J「ごめんなさい、それは私のおならです。」
K「...........。」

20 取り返しがつかない

 連載「Kさんのダイアローグ」その20

K「はぁ〜ぁ.....。」
J「おやっ?ため息とは珍しい。」
K「人をゆるすことって難しいですよね。」
J「どうしたんです?何やら深刻そうですね。」
K「イエス様はどうして『我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく、我らの罪をも赦したまえ』と祈るように言うんでしょう。」
J「何か許し難いことがあったようですね。」
K「えぇ、それも取り返しがつかないこと。」
J「それは大変。でもイエス様はわたしたちに、ただゆるしなさいって教えられたでしょうか?」
K「それは、ゆるせないよりゆるせる人になりなさいっておっしゃったと思いますよ。」
J「わたしたちは、ゆるしなさいって教えるイエス様を信じているんでしょうか。」
K「いえいえ、わたしたちの罪を赦してくだるために神が与えてくださったイエス様です。」
J「何だ、わかっているじゃないですか。Kさんの言うとおり、イエス様に神の赦しを聞いているんです。」
K「そうでしたね。イエス様の十字架に、わたしの罪は赦されている。」
J「だから、Kさんの隣人をゆるしてもいい。」
K「ゆるしてもいい?」
J「ゆるせないままだって人は過ごせます。でも相手をゆるして生きることはもっと嬉しいことだってイエス様は教えてくださったんです。」
K「ゆるせるかどうかわからないけど、ゆるしたいなぁって思えてきました。」
J「そうですね。まず、イエス様によって赦されたことを信じましょう。それがゆるしの始まりです。ところで、何がゆるせなかったの?」
K「妹がわたしの焼き芋を勝手に食べちゃったんです。」
J「はぁ〜ぁ、こっちがため息こぼしたくなりますねぇ。」
K「えっ何で。だってあの焼き芋はもう戻ってこないでしょ?取り返しがつかないでしょ?」

21 相変わらず

 連載「Kさんのダイアローグ」その21

K「先生は高校生のころはどんな生徒でした?」
J「勉強はあまりしませんでしたけど、本好きで、バイクでよくうろうろしていました。」
K「何だ、一人遊びばっかり。友だち少なそうですもんね。」
J「ちゃんとガールフレンドもいたんですよ。」
K「はいはい、見栄はらなくてもいいですよ。」
J「見栄じゃないって。で、Kさんはどんな高校生だったんですか?」
K「そうそう、それなんです。先日友だちに見せようと思って、久しぶりに高校の卒業アルバムをひらいたんです。」
J「おぉ、30年くらいの埃が積もっていそう」
K「そんなに経ってません!でもね、友だちにわたしを見つけてもらえなかったんです。」
J「よくあることです。髪型とか、女性は特にかわりますものね。」
K「さらにショックなことに....。」
J「?」
K「自分でも自分がわからなかった....。」
J「(笑)体型が?お肌の張りが?」
K「女性に言うことじゃないでしょ。でも、どうして人は変わるんでしょう。それなのに人は変わりたくないと思っている。」
J「わたしなんか全然変わらないんですけどね。」
K「永遠の青年とかキザなことを言うんじゃ。」
J「.......。確かに誰もが変わるんです。生まれて、 成長して、年とって、いつか天に召される。」
K「それって虚しくないですか。」
J「全然、だってそのときそのとき、神さまに守られ、助けられ、導かれてるんですから。」
K「ほんとうだ。」
J「それにね、変わらないものがあるんですよ。この神さまの救いの恵みはかわりません。Kさんも神さまに愛され続けているんです。」
K「変わっていくわたしが、変わらず愛される。」
J「でもKさん、最近小じわが増えました?」
K「先生のいけずな所こそ変わりませんね!」

22 こんな人でも?

 連載「Kさんのダイアローグ」その22

K「先生とのお話は漫才みたいだって言われるんですけど。」
J「えっ?誰かに聞かれていたんですか。」
K「何をあわてて、誰かに聞かれたらいけないようなお話しをしていたんですか。」
J「いや、それならもっと面白いお話しをしなければと襟を正そうと思いまして。」
K「十分くだけてるから、それ以上崩れないでください。仮にもわたしの牧師なんですから。」
J「おぉ、牧師と認めてくださるんですね。」
K「そんな風に言うと、よっぽど牧師としての自信も自覚もないように聞こえますよ。」
J「そんなことありません。だってこうしてお話しを続けてきたのも、ちゃんと教理の話だったじゃないですか。」
K「そうでしたっけ?」
J「毎回「日本基督教団信仰告白」の要点をお話ししていたつもりなのですが。」
K「先生、誰もそんなことはわかってませんよ。」
J「やっぱり教理のお話しは難しいでしょうか。」
K「いえ、先生とわたしの話が、教理の話だったということがわからないということです。」
J「わからないように語ることがわたしの特技。」
K「それなら意味ないでしょ。で、教理とか信仰告白の言葉がわかれば立派な信仰者になれるというお話しをしてたんですか。」
J「Kさんはどう思います?」
K「少なくとも先生とのお話で立派な信仰者になるということはなさそうです。」
J「嬉しい答えではありませんが、全くその通りです。学ぶことで信仰はわかりません。」
K「そうしたら、どうしたらいいんでしょう?」
J「聖霊がそうして下さいます。」
K「こんなおしゃべりをしてる人でも?」
J「何を謙遜しているんですか。」
K「いえ、こんなおしゃべりをする牧師でも聖霊が働いてくださるのか?と聞いたんです。」
J「ははは.......、そうです。」

23 くちべに

 連載「Kさんのダイアローグ」その23

K「先生「セイカギカ」という言葉の意味を知っていますか?」
J「聖なる鍵ですか?聖なる箱というのは聖書に出て来ますけれども。」
K「はっきり覚えてないんですが、漢字で四文字でした。」
J「四文字熟語ですか、焼肉定食のような?」
K「焼肉定食は四文字熟語でもありませんよ。」
J「わかってますって。」
K「本当かなぁ、先生のことだから怪しいなぁ。」
J「その証拠にKさんのお尋ねの言葉が何だかわかりました。」
K「あらら、さすが先生。」
J「えっへん。それは二つの言葉ですね。真ん中に「、」か「・」が入った方がいい。」
K「で、どんな字でしたっけ?」
J「聖化、義化と書きます。」
K「そうでした、そうでした。それで、どんな意味なんでしょう。」
J「これはイエス様を信じた人のことです。」
K「というと?」
J「聖化も義化もどちらにも同じ字があるのがわかりますよね。」
K「化粧の「化」の字ですね。」
J「化粧の「化」というと印象が違いますが、形を変えるとか性質が変わるということです。」
K「イエス様を信じると「聖なる人」「義しい人」に変わるということでしょうか。」
J「そうそう。ただし、自分で変わるんじゃないんです。「化」という字には変えられるという意味があるからです。」
K「あぁ、神さまにそうしていただくのですね。」
J「変わることのない神の恵みによって、わたしたちは変えられる、ということです。
 ところでKさんは...。」
K「?」
J「お化粧、もうちょっとがんばってみたら」
K「まぁ、失礼な!」

24 スパゲティ

 連載「Kさんのダイアローグ」その24

J「お昼ご飯はスパゲティでした?」
K「どうしてわかったんですか。」
J「それもミートソースですね。」
K「まさか、のぞいていたとか。やらしい!」
J「そんな趣味はありません。Kさんの摂食を観察しても面白くありませんし。」
K「動物を見るみたいな言い方ですね。」
J「ほら、Kさんの口の周り。」
K「えっ?」
J「オレンジのヒゲができてますよ。」
K「あらやだ。何だ、そういうことですか。」
J「Kさんの口の周りまでは神さまはきれいにできないんですから。」
K「神さまってきれいにしてくれるんですか。」
J「もちろん。罪の汚れに染まっていたわたしたちを神さまはきれいにして下さいました。」
K「イエス様の十字架によってですね。」
J「そうそう。わたしたちは自分で顔も洗うこともできませんでした。Kさんのように。」
K「それには触れないで下さい。」
J「罪の汚れに染まっているってのは、ちょうど油まみれの手みたいなことでしょう。」
K「簡単にきれいになりませんよね。」
J「そうそう、普通の石けんではなかなか落ちません。それなのに、その手でわたしたちは自分をきれいにしようとしてきました。」
K「それは無理ですねぇ。」
J「そう、きれいにしようと顔をぬぐったら、ますます汚れが広がるんです。Kさんの口のまわりのように。」
K「だからしつこいですよ。」
J「自分できれいになれないわたしたちを神さまきれいにして下さいます。雪よりも白く。」
K「詩編51篇ですね。ところで先生。」
J「?」
K「お昼はざるそばでしたね。」
J「どうして?」
K「歯に海苔が挟まってますよ。はずかし〜いんだ!」

25 無駄な抵抗

 連載「Kさんのダイアローグ」その25

K「神さまはわたしをきれいにしてくださるそうですね。」
J「Kさん、あなたは心根が優しい方だってことはみんなが見ていますよ。」
K「いえ、だから神さまはわたしの罪も清めてくださるんですよね。」
J「あぁ、そっちですか。見た目はどうにもと思ったんですが、杞憂でした。」
K「いつもながら、失礼なフォローをするのが得意な先生ですね。で、どんな風にきれいにして下さるのでしょう。」
J「きれいになった実感に乏しい?」
K「朝、顔を洗ったようにはいきませんねぇ。」
J「やっぱり見た目ですか?」
K「だから違いますって。」
J「Kさんはご自分できれいになれるって思っています?」
K「違うんですか。」
J「Kさんの見た目は変わらないんですよ。」
K「それはもういいんです。」
J「ちゃんとお答えしているんです。Kさんがきれいになることよりも大事なことがあります」
K「何でしょう。」
J「神さまはKさんのために、まったくきれいな方を与えてくださいました。」
K「イエス様ですね。」
J「神さまがきれいにしてくださるのは、まずこのまったくきれいなイエス様がKさんと一緒におられるということです。」
K「わたしがきれいになる前に?でも、そうするときれいなイエス様は、わたしのせいで汚れてしまうんじゃ....。」
J「そうその通り、でもそれが神さまのやり方。」
K「高価な美白液よりももったいないですね。」
J「そう。でも高価な美白液ももったいない。」
K「え?」
J「それを無駄な抵抗といいます。」
K「......。?な、何ですって!」

26 へそのごま

 連載「Kさんのダイアローグ」その26

J「Kさん、久しぶりにお話しに来てくださいましたね。」
K「たまには先生のお相手もしてあげないと、って思ったんです。先生、友だち少なそうだし。」
J「はは...。お気遣いありがとう。Kさん何だか雰囲気かわりました?」
K「実は今、美容院の帰りなんです。新しいカラーリングを試してもらいました。」
J「実験台になったんですか。」
K「違います。この色がこれまでよりも、わたしの顔を引き立てるって言われたんですっ!」
J「ほうほう、上手く乗せられましたなぁ。」
K「いけずなこといわないで。先生なんかいつも同じ髪型ですものね。」
J「そうでもないんですよ、これが。」
K「?」
J「すこ〜しずつ、減らしてるんです。」
K「それって....。あぁ抜けてるってこと。」
J「はっきり言わないの。それにね、抜けてった髪の毛だって一本一本神さまのご命令に従った従順な信仰篤き髪の毛たちなんです。」
K「先生、牧師だからって、強がりにも聞こえませんよ。」
J「だからね、一人だって神さまに忘れられた人はないってことなんです。」
K「もう、強引に教会のことに結びつけてる。」
J「さぁ、牧師としての本領発揮です。教会にあってみんなが大切。」
K「神さまに愛されているからでしょ。」
J「えぇ、もちろん。そうやって神さまに愛されている人たちが集められたのが教会。キリストの体とも言いますね。」
K「とすると、先生はどの辺かな。」
J「どのヘンとは?」
K「抜け落ちる、イエス様の髪の毛。」
J「抜け落ちるって何ですか。それにキリストの体でしょ?」
K「そうか、じゃぁこぼれ落ちるヘソのゴマってのはどうですか。うん、お似合い。」

27 福耳

 連載「Kさんのダイアローグ」その27

K「先生、こんにちは!」
J「(ピコピコピコ)・・・・・。」
K「先生、背中向けたまま答えてくれないんですか?」
J「・・・あぁ〜もう復活できない!・・あっKさん、いらしてたんですか。」
K「何?その手に握られているのはゲーム?遊んでたんですか。」
J「いやいや、教会に来る子どもたちを理解するための勉強ですよ。」
K「それはご熱心なことで。わたしの声が聞こえないほどですものね。」
J「わたしが自分の羊の声を聞き逃すわけがないじゃないですか。」
K「よくまぁそんなことが。でもわたしたちは神さまの声を聞くために教会に来てますよね。」
J「そうそう。神さまの言葉を聞きにですね。羊は羊飼いの声を聞き分ける、ともいいます。」
K「でも、不思議ですよね。聖書の言葉が、そして先生の説教が、神さまの言葉だなんて。」
J「そして、のあとが声が小さくなってるのは嫌味ですか。でも神さまの言葉として聞くのには信仰の耳が必要です。」
K「わたしの、このちょっと小振りの耳も信仰の耳なんでしょうか。」
J「わたしは福耳なんですよ、いいでしょ。っていうか信仰の耳は、形の問題じゃないです。」
K「それはわかってるんですが、どうしてわたしに信仰の耳があるのかが不思議なんです。」
J「そんなの難しい話しじゃないです。Kさんは神さまの言葉に聞かないとろくなもんじゃない。」
K「たいがいな。でも神さまの恵みとして与えてくれたってことですよね。」
J「他に理由はないでしょ。」
K「でももう一つ欲を言えば・・・」
J「?」
K「神さまは、先生に、信徒の声に耳を傾ける耳も与えてくれたらいいのにね。」
J「うっ・・・その通り。」

28 あなたらしい

連載「Kさんのダイアローグ」その28

K「先生、ごぶさたしてました。」
J「あら、久しぶり。もう見捨てられたかと思ってました。」
K「ちょっと忙しくて、先生のお相手する暇もなかったんです。」
J「今までわたしは暇つぶしの相手だったんですか。」
K「いえいえ、ちゃんとためになる教えも聞いていたような...。」
J「いたような...って、わたしはいつもKさんに全力でぶつかってるじゃないですか。」
K「ぶつかればいいってもんじゃないでしょ。」
J「そうそう、受け止めなければ意味がない。」
K「そうなんです。先生の礼拝でのお話しも受け止め損ねている人、多いんじゃないですか。」
J「そんなことないでしょ。」
K「だって、結構ウトウトしてる人ありますよ。」
J「いやいや、それは神様が与えてくださった平安です。」
K「ホントに?」
J「ほんとうです!」
K「自信持っていえます?」
J「もちろんです。」
K「その自信は一体どこから。」
J「だって、み言葉は神様が届けてくださるのですから。わたしの責任ではありません。」
K「それって、都合よくありません?」
J「...うぅ。」
K「心にやましいところはありませんか。」
J「...あゔぁぁ...。」
K「ほら、やっぱり。」
J「久しぶりに来てくれたのに、いじめないで。」
K「こんなときこそ、どうしたらいいんですか。」
J「神様助けて、ですね。」
K「あれ、それだけですか。」
J「この怠慢で、いい加減で、情けないわたしをお許しください。神様助けて。」
K「頼りないけど、先生らしくていいですね。」
J「えっ、先生らしいってどこが?謙ったところ?情けないところ?神様助けてっていわなきゃいけないところ?ねぇ、らしいってどこが…..教えて!」

29 ただひとつ

連載「Kさんのダイアローグ」 その29

K「ただ一つだけって難しいですよね」
J「いえいえ、主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、そして唯一の神様ですってエフェソ書に」
K「ほうほう、聖書の言葉が出てくるなんてさすが牧師。」
J「えっへん。そうでしょ、そうでしょ。」
K「ところで先生の趣味の遍歴は?」
J「いろいろありますよ。子どもの頃から並べて行くと、シール集め、めんこ集め、それからプラモデルにラジコン、自転車にはまって、けん玉では全国大会に行きました。トロンボーンも吹いて、水泳もやって、ギターも弾くようになりました。バイクに乗るようになって峠を走り込んだり、車をいじったり、カメラも好きです。リコーダーにはまったこともありました。本やCDはどれくらい持ってるかわからないし。蕎麦打ちや、ラーメンの食べ歩きとか。二年くらいですけどヒップホップダンスもやってましたし。犬の調教なんてのも少しやりました。最近はじめたのはお習字です。」
K「全然一つに定まりませんね。」
J「えっ?」
K「これだけいろいろやっているのに、先生が何か得意ってあまり聞いたことないんですけど。」
J「僕が慎み深いからです。自慢しませんから。」
K「どうせ、ものにならなかっただけでしょ。」
J「ぎくっ」
K「それよりも、わかりました。」
J「何がですか?」
K「先生の放蕩ぶり。どうりで放蕩息子のたとえ話に力が入ってると思いました。」
J「....。」
K「やっぱり神様ってすごいですね。こんな先生に一つ牧師だけは続けさせて下さるんですから。」
J「そうです、身をもって神様を証ししてるんです!...何て言わせないでぇ...。ところで、最初の質問ってなんだったんですか」
K「あぁ、おせちの中で何が一番好きかなって考えてたら、一つには決められないなぁって。
J「神様だけって話じゃないんですか?Kさんの食いしん坊に付き合わされたの?」

30 がっかり

連載「Kさんのダイアローグ」その30

K「先生、どんなとき自分にがっかりしますか」
J「何を突然。なんかあったんですか」
K「先生を見てるとがっかりの達人のように見えますから。」
J「そうなんですよ...ってどういう意味ですか。でも神さまの前でわたしはがっかりだなぁって知ることはありますよ。」
K「どうやって?」
J「それは律法によってです」
K「わざわざ聖書を持ちださなくてもいいですよ、先生ががっかりなのはみんな知ってますから」
J「みんなって誰ですか。今日はちょっとまじめにお話してるんです」
K「それはいつも不まじめだということですね。じゃぁわたしもちゃんと聞きましょう」
J「Kさん、聖書の要約って知ってますか?」
K「それくらいわかりますよ。神と人とを愛しなさいですね。イエス様が教えてます。」
J「それならKさん、神と人とを愛していますか」
K「そうストレートに聞かれると...」
J「ほらっ、答えられない!」
K「何喜んでるんですか。人がちょっと真剣に振り返ったのに。」
J「ほう、真剣に振り返ったら、神と人とを愛せるようになるんですか」
K「またにやにやしていけずなこと言って。牧師がそんなんでいいんですか。」
J「ほら、そうやって怒りを覚えて、目の前のわたしを愛そうとしていませんよ」
K「そんなこという先生なんて、愛せません」
J「それです!自分を振り返って神と人とを愛している何て見つけなくていいんです。愛せない、というのがあなたの姿。Kさんのがっかり。」
K「えっ?」
J「神さまと人とを愛するよりも、憎む方に人の心は傾いてしまってるって、オリゲネスっておっちゃんも言ってました」
K「知らない人の名前まで持ちだして、わたしを責めてるんですか」
J「いえいえ、みんなそんなだってことです」
K「あぁ、よくわかりました。その代表が先生なんですね」
J「はい、その通り!って何を言わせる」

31 音程ハズレ

連載「Kさんのダイアローグ」その31

K「フ〜フフフフ〜ン♫」
J「鼻歌なんてごきげんですね。お金でも拾ったんですか。」
K「失礼な、それにお金なんて拾っていません。」
J「それじゃ、その鼻歌は?」
K「私にだって機嫌のいい日くらいあります。」
J「ただし期限付き、なんちゃって。」
K「先生、今ほど鼻歌を歌ってたことを後悔したことはありません。」
J「まぁ、そうおっしゃらずに。素敵なことじゃないですか、鼻歌を歌えるなんて。」
K「またバカにして。」
J「いやいや、本当に。だって神さまがそういう風にわたしたちを造られたんですよ。」
K「鼻歌を歌うようにですか?」
J「鼻歌じゃなくてね、神さまを賛美するようにです。」
K「それはいいですね。わたしも讃美歌大好き。」
J「神さまは、わたしたちが神さまのことを正しく知って、ほめたたえる喜びに生きる人としてくださったんです。」
K「神さまをほめたたえるためにわたしは造られた...。なんだかジーンとしました。ときどき、先生は牧師なんだなって思い出させてくれますね。」
J「いつも牧師なんですけど。」
K「そうすると、わたしの鼻歌も神さまは喜んでくださるかしら。」
J「どうでしょう、結構音程外れてましから。」
K「えっ、神さまは音程が外れているのを気になさるんですか?」
J「そりゃそうですよ。だって神さまの天地創造は調和をつくりだしたんですから。まぁ、Kさんの音程ハズレは、装飾音だと思ってくださるでしょう。」
K「先生、それはフォローになってない。」
J「いえいえ、装飾音があるから音楽が華やぐんですよ。だから気にせず鼻歌うたってください。」
K「先生に、ここまで言われて歌えません。」
J「ほら、期限付きだった。」
K「誰のせいですか!」

32 ドレッシング

連載「Kさんのダイアローグ」その32

K「先生、サラダを作ってきたので食べていただけませんか」
J「おや珍しい。Kさんもお料理なさるんですね」
K「主婦業こなして、云十年….ってそんなにたってませんが。とりあえず、さあどうぞ」
J「ほほう、彩りもあざやかおいしそうですね。では一口。......う〜ん素材の味を活かしたというか、素材の味しかしません」
K「あっ、ゴメンナサイ。ドレッシングは別立てで持ってきてたんでした」
J「さすがベテラン主婦」
K「小瓶のなかでお酢と油が分離していました。ちょっと混ぜますから待ってください」
J「まるでKさんの信仰生活を暗示してるかのような状態です」
K「?」
J「信仰と生活の分離」
K「嫌味なことをいいますね。でも信仰にも相容れないものがあるなって思います」
J「ほほう、どんなことですか」
K「神さまの正義な方ですよね」
J「そうそう」
K「でも先生は神さまは憐れみの方ともおっしゃいますね」
J「よく覚えていてくださいました。その通り」
K「この二つって同時に成り立つんですか」
J「どうして?」
K「だって神さまの正義は、わたしたちの罪を見逃すことはできません」
J「そう、その通り」
K「それなのに、神さまの憐れみ深い方って矛盾してませんか。わたしたちの罪をお赦しにはなれないのに、憐れみ深いって言えるんですか」
J「う〜ん、なかなかな質問です。けれど、ちょっとその受け止め方はドレッシングですね。二つがごっちゃになってます」
K「正義と憐れみですか?」
J「いえいえ」
K「二つって何、早く教えて下さい。」
J「まぁまぁ、まずはこのサラダを食べてから」
K「食べるか質問に答えるかどっちかにしてください。先生こそドレッシング!」